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「ダメ、女子トイレを全部見たけど、 いなかったわ」 「そうか、ありがとう」 芳恵ちゃんが白い息を吐きながら、 駐車場に立つ俺のところに走って来る。 車を真っ先に思い浮かべ、見に来てみたが、 奈緒の姿は無かった。 建物の周囲も同様だ。 「くそっ、奈緒のやつ、どこに行ったんだ? 電話も出やしねえ」 何度かけても繋がらないスマホを握りしめる。 見上げると、どんよりと厚い雲が、空を 覆い尽くし、今にも雪を降らせそうだった。 この寒さの中、あいつが独り、どこかで 泣いているかもしれないと思うと、 居たたまれない。 何もできない自分が情けなかった。 「本当にどこに行ったのかしら。 1人で帰ろうと、駅に向かったとか?」 「可能性は高いな。行ってみる。 悪いけど芳恵ちゃん、澤が来たら……」 「あ、来たわよ。澤さん、どうだった?」 「だめだ。そっちは?」 「わたしも無しよ」 「俺は……」 そう言って見せたのは、奈緒が愛用している ピンクのマフラー。 やたらと長くて、彼女はいつもこれを、 何重にも首に巻きつけ、観戦する時には 顔を鼻まで埋もれさせている。 「奈緒のマフラー!」 「どこにあったんだ?」 「医務室の窓の下だ。 ガラスに奈緒らしき手形も……」 「じゃあ何?奈緒はあの女に追い返されて、 窓から入ろうとしたの?」 「多分な。あいつなら考えそうだ。 くそっ、あんなに近くに居たのに、 気付かないなんて」 車のボンネットに力一杯拳を叩きつける。 物に当たっても仕方がないが、この苛立ちを どこかにぶつけたかった。 「ちょっと、何してんの亮輔さん!そんなこと して、奈緒が知ったら怒り狂うわよ!」 「うわー。ベッコリいっちゃってるよ。 どうすんだ、これ」 へこんだボンネットを、2人が呆れ顔で 眺めている。 「うるせえよ、俺の車だ。どうしようが 勝手だろ!」 八つ当たりだが止められ無い。 奈緒が傍にいない俺は、こんなにも 小さい男だ。 「俺、駅の方に行ってみるわ」 「俺達ももう一度、この辺を探す。 気を付けていけよ。もう暗くなってきた」 澤の言うように、冬の日の暮れは早い。 早くあいつを見つけなければ。
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