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その日は午前中に一つだけ履修科目があった。午後からは相変わらず暇で、俺は昼食の延長に構内のカフェで時間をつぶしていた。
そこに木ノ本さんがふらりと姿を現した。木ノ本さんはカウンター席にいた俺に気がつくと、当たり前みたいに隣に座り、
「どう? あの話、少しは考えてくれた?」
まるでちょっとトイレにでも中座していただけのように、何の前ふりもなく話しかけてきた。
俺は思わず瞬いた。そんな木ノ本さんの挙動はあまりに自然で、かえって不自然にも思えたからだ。
背後に位置するテーブル席はほとんど満席だった。カウンター席も半分は埋まっている。その上俺は知り合いで、隣はちょうど空席だった。だから木ノ本さんはその席に座ったのだろう。
そう考えると不思議はないのに、どうしてか違和感が拭えない。
だけど結局答えは出ずに、俺は気を取り直すように残り少ないアイスコーヒーを飲み干した。
「本当に真面目な話なんだよ」
妙な間をおいてしまったからか、木ノ本さんは念を押すように言葉を重ねる。ひとまず俺は素直に答えた。
「冗談じゃないって言うのは解りましたけど」
「酷いな、本気で冗談だと思っていたの?」
「ええ、まぁ最初は」
問い返されて、苦笑する。
と、そこに木ノ本さんの注文したアイスコーヒーが運ばれてきた。
ああ、彼も同じものを頼んだのだと、どうでもいいことが頭を過ぎる。しかし、それが下ろされたのは何故か俺の前で、
「えっ……」
驚く俺を尻目に、店員は同じトレイに乗っていたもう一方のグラスを木ノ本さんの前に下ろし、浅い会釈を残して去っていった。
束の間閉口していた俺に、木ノ本さんは「まぁ飲んでよ」とだけ短く告げた。
何だか先手を打たれたような気分になった。そうなるとつき返すこともできず、俺はただ黙って頭を下げた。
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