1.好きなのは野球だから

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       輝くような朱色に染まった西の空を、丸い小さな影が幾重もの放物線を描いて横切っている。  俺は河川敷の土手に腰を下ろし、眼下に広がる簡素なグランドを眺めていた。  視線の先では、木ノ本さんの言う知り合いのチームメイトが、揃いの練習着(ユニフォーム)でキャッチボールをしている。年頃は三十前後から四十代と言ったところだろうか。時折見せる無邪気さは子供さながらと言ったところだが、少なくとも俺より年下がいないのは間違いなさそうだった。  それにしても本当に楽しそうだ。きっといいチームなんだろう。 「コーヒーと炭酸、どっちがいい?」 「あ、じゃあコーヒーで」 「ブラックだよ」 「構いませんよ。飲めますから」  掛けられた声に顔を上げると、頭上から一つの缶が差し出される。俺はそれを大人しく受け取り、「どうも」と短く礼を言った。  昼過ぎにカフェを出た後は、木ノ本さんの車で少し遠出をした。『買物に付き合ってほしい』だなんて、実は根拠も無く嘘だと思っていた俺は、到着した先が大型ショッピングモールだったのを見て内心少し驚いた。と、同時に反省もしていたのだが、結局後に連れてこられたのはこの場所で、要するに予想は当たらずしも遠からずと言ったところだったようだ。 「やっぱり買物はついでだったんですね」  溜息混じりに呟くと、隣に腰を下ろした木ノ本さんは小さく笑う。肯定も否定もはっきりとはしない木ノ本さんの、そんな態度にまた澱が募る。 「そうだと言えばそうだけど、君に服を見立ててもらうのもなかなか新鮮で楽しかったよ」 「そう言うのは、もっとセンスのいい人間に頼んでくださいよ」 「俺は君のセンスを買ってるから連れて行ったんだけど」 「もうそう言うのはいいですって」  木ノ本さんの言い分を聞くにつけ、薄ら寒いような心地になり、俺は空笑い気味に視線を伏せる。続いて手の中の缶を開け、冷たいそれをひと口飲んだ。
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