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――ああ、それにしても変な空気だ。
これと言った一貫性も無く、だらだらと緩い感じはいつも通りなのに、木ノ本さんとの距離だけがやたらと近く感じる。胸の奥がそわそわとして、緊張したみたいに鼓動が逸る。
可笑しな話だと思う。俺はこの感覚に覚えがある。
だけどあれは――。あれは高校時代、単なる仲のいいクラスメイトだと思っていた女の子から、告白された時の話で――、正しくはその直前のことだけど、どのみちいまの状況に当てはまるはずもないことだった。
だと言うのに、どうしてか気持ちが割り切れない。こんなのは思い過ごしだと、笑って済ませられれば早いのに。
「心外だなぁ。まさか君、俺を嘘吐きだと思ってる?」
「性質の悪い戯言好きだとは思ってますよ」
再び顔を上げ、真っ直ぐグランドを見下ろした。あくまでも普段通りにさらりと答え、改めてひとくちコーヒーを飲んだ。
木ノ本さんは苦笑気味に笑った。そして思い出したように自分の缶を開けようとする。
「あれ、呼ばれてんじゃないですか。木ノ本さん」
その手を止めたのは俺だった。
グランド端に佇む一つの影を指差して、更に「ほら」と促すと、木ノ本さんは視線を転じて瞬いた。木ノ本さんと同じような背格好の男の人が、こちらに向かって手を振っている。
「本当だ」
溜息混じりに腰を上げ、木ノ本さんは開けるに至らなかった缶を俺に放った。
「ちょっとこれ持ってて」
「はぁ」
「すぐ戻るから」
俺が片手にそれを受け止めると、木ノ本さんはさくさくと雑草を踏みしめ土手を降りて行った。
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