0.prologue

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 彼――木ノ本彰(あきら)は、大学で同じ野球サークルに籍を置く、二つ年上(学年で言うなら今年から院生)の先輩だ。  百八十に僅か足りない俺よりも更に高い上背に、すらりと伸びた長い手足。絶えることのない笑みは妙な色気に満ちていて、そのくせ特定の相手を作らないストイックさが余計にファンを作っている――そんな噂の絶えない男。  とは言え、それはあくまでも一般論、言わば一歩引いたところからの見解で、俺からしてみればストイックでもなんでもない。  何故なら、 「や、本当はちょっと乗り心地を確かめてみたくなってね。って言っても、本当はバイクより君の感触を――」 「それはもう解かりましたから」  この男の本性が、素面でこの手の冗談をさらりと言ってのけてしまうような軽い性格だと知っているからだ。  しかもそれを向ける相手は、一定以上に親しくなりさえすれば、老若男女問わず気の向くまま。要するに節操無しの軟派男。特定の相手を作ろうとしないのも、そもそもが余計なトラブルを避ける為――。  そりゃ俺も仲矢も遊んでいる時期はあったけど、さすがにここまで手馴れてはいなかった。  いい相手に出会えればちゃんと一人に絞っていたし、特定の相手もどちらかと言えば欲しい方だった。  基本的には俺も仲矢も、一途で誠実な相手が好みなのだ。恋人にしても、友人にしても。  更に言えば、木ノ本さんは時間にもルーズなところがあり、仮にもずっと体育会系に属していたからか、俺はその点も少し苦手だった。  早い話が、俺は木ノ本さんとは根本的に合わないはずなのだ。なのにどう言うわけか、俺はこの人を嫌いになれない。どころか、一緒にいると居心地が良いとさえ感じている節がある。  矛盾していると自分でも思う。だけど実際そうなんだから違うとも言えない。
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