#1 インディアンサマー

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(6) 「井崎くん!!」  自分の名を呼ばれたのに気付き、幸生は声のしたほうを見遣った。  桜の姿を確認したのか、幸生の顔が一瞬和んだように、桜には見えた。  幸生が通路の階段を降りてくる。桜は座席列の脇まで出て待った。 「来てたのか」  顔を見合わせた最初に幸生が放った一言は素っ気ないものだった。  けれど、どんな言葉でも、幸生から自分に向けられたものなら、桜には嬉しかった。 「うん」  桜が顔を綻ばせて続けた。 「また、同じ映画だったね」  幸生が返す。 「なんとなく、今日あたり荻野もどれか観に来るんじゃないかな、って思ってたんだ」 「そぉ?」 「うん、そう」 ――なら、教室で声をかけてくれればよかったのに。  桜はちょっとだけ思った。 「あたしもね、ホントは、少し同じこと思ってた。また井崎くんと映画館で会うんじゃないか、って」 「でも、同じ日に同じ映画を観るとは限らないだろ」 「同じ時間、でもね」  こんな偶然、幸生はどう思っているのだろう。  ふと、桜はそんなことを思った。  偶然も、二度続けば必然――  誰かがそんなこと、言ってたっけ。  なんとなく二人は並んだまま、ロビーを通り、ショッピング・モールを抜けるルートに出た。  知り合いに出喰わさないかと桜は気が気でなかったが、幸生は特に気にはしていないようだった。 ――クラスの誰かに見られたら、何て思われるだろう。   付き合ってるとでも、みられちゃうのかな……  少し歩幅が広い幸生が先に進み、桜はその後をとことこと付いて行く。  それに気付いたのか、幸生の歩みがややゆっくりとなった。  肩が並び、幸生が自分に合わせてくれたのを感じ、桜の胸はくすぐったくなった。  これからどうするのかなど話はなかったが、モールの駅方面の出口へと足は向いている。  何も会話がなくても、桜は幸生とこうして並んで歩くだけで、浮き浮きとした心地になった。
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