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ファストフードやスイーツの店が並び、あちこちから焼き菓子の甘い匂いが漂うコンコースを抜けながら、桜が話しかけた。
「さっきのって、井崎くん、でしょ?」
「さっきって?」
「注、意……」
「ああ……」
面倒そうに幸生は答えた。
「だって、みんな映画を愉しみたくて映画館に来てんだもんな。仲間とポテチ喰いながらワイワイ騒ぎたいなら、ツタヤでDVDでも借りて家でして欲しい」
――そうだよね。
桜は心で頷いた。
「そりゃ、みんなで騒いで楽しむ観方だってあるよ。そういうイベント上映もあるし。でも、静かにじっくり観たいから劇場に来る人もいるんだからさ。予告の前に『おしゃべりは他の人の迷惑なのでお止めください』って言ってるんだから、守って欲しいよなあ」
うん、うん、と桜は思った。
桜も何度か、そうしたマナーの悪い客に辟易した経験がある。
だが、注意をする勇気はどうしてもなかった。
それを容易く実行できた幸生に感心した。
「ローマに入れば、ローマ人に。“映画館に来たら、映画館のマナーに従え”だろ?」
桜は大きく頷き、同意した。
話し込むうち、二人はバス停に到着した。
桜が乗る路線の停留所で二人は待った。
幸生はこのバス通りの先の駅から私鉄に乗る。
桜は、何も言わないが自分を見送ってくれる幸生が面映ゆく嬉しかった。
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