#1 インディアンサマー

11/12
前へ
/111ページ
次へ
 ファストフードやスイーツの店が並び、あちこちから焼き菓子の甘い匂いが漂うコンコースを抜けながら、桜が話しかけた。 「さっきのって、井崎くん、でしょ?」 「さっきって?」 「注、意……」 「ああ……」  面倒そうに幸生は答えた。 「だって、みんな映画を愉しみたくて映画館に来てんだもんな。仲間とポテチ喰いながらワイワイ騒ぎたいなら、ツタヤでDVDでも借りて家でして欲しい」 ――そうだよね。  桜は心で頷いた。 「そりゃ、みんなで騒いで楽しむ観方だってあるよ。そういうイベント上映もあるし。でも、静かにじっくり観たいから劇場に来る人もいるんだからさ。予告の前に『おしゃべりは他の人の迷惑なのでお止めください』って言ってるんだから、守って欲しいよなあ」  うん、うん、と桜は思った。  桜も何度か、そうしたマナーの悪い客に辟易した経験がある。  だが、注意をする勇気はどうしてもなかった。  それを容易く実行できた幸生に感心した。 「ローマに入れば、ローマ人に。“映画館に来たら、映画館のマナーに従え”だろ?」  桜は大きく頷き、同意した。  話し込むうち、二人はバス停に到着した。  桜が乗る路線の停留所で二人は待った。  幸生はこのバス通りの先の駅から私鉄に乗る。  桜は、何も言わないが自分を見送ってくれる幸生が面映ゆく嬉しかった。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加