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桜の胸で想いが膨らんでいく。幸生に伝えたいこと。訊ねたいこと。
もっともっと、話していたい。話が聞きたいという欲求。
どうしたら伝わるだろう。
そんなことを悩みながら、時間だけが迫ってくる。
ビルの角からバスが現れた。行先表示が桜の乗る系統を示している。
桜はそわそわと落ち着かなかったが、バスは桜の思いを裏切りどんどん近づいてくる。
停車する直前、桜が意を決して幸生に言った。
「ね、ね、こうして同じ映画で鉢合わせするんなら――この次から何を観るのか、教え合わない?」
唐突な申し出に、幸生はきょとんとした顔で桜を見返す。
バスのドアが開き、降車ドアからは乗客が降りている。
慌て気味に桜は言葉を綴る。
「そのほうが、感想とか話し合えるし、たのしいと思うんだけど……」
車内から運転手が「まもなく発車します」というアナウンスをする。促された桜は名残惜しそうに慌ててバスのステップを駆け上がる。
桜がステップを昇り終えた矢先、背中から幸生の返答が聞こえた。
「いいよ」
桜は振り返り、破顔した。はにかむような幸生が見上げていた。
「じゃ、また学校でな」
幸生の言葉に、桜が返した。
「また映画館で」
言い終えた瞬間、扉が閉まり、バスは発進した。
走りだしたバスの中で、桜は、車内の後方に進みながら、見送る幸生の姿を追い続ける。
幸生に向け、桜は小さく手を振った。
手のリズムに合わせ、心も踊っていた。
――あ。
そういえば、あのときの注意の言葉、
どこから引用したのか、聞きそびれてしまった。
また、学校で訊いてみよう。
もう、いつでも彼と話せるから。
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