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モールに並ぶショップを順々に眺めながら、桜は思い出すままに会話を続けた。
「うちのお父さんもね、映画が大好きだったの」
「じゃあ、荻野が映画好きなのは、そのお父さんの影響?」
「うんっ。小さい頃は、いっぱいいっぱい映画館に連れてってくれた。今は事情があって、別々に住んでるんだけど」
「今も、会ってるの?」
「ときどき、ね。遠いから、年に何回かくらいだけど」
ちょっとだけ、嘘をついた。
本当は、父とはもう長いこと会ってはいない。
たぶん、今再会しても、お互い顔も判らないだろう。
長いコンコースの間、桜の話は途切れることがなかった。
映画よりも、こうして幸生と会話できることのほうが、桜には嬉しかった。
「お父さんが若い頃に観た映画をいろいろ教えてくれたなあ。あ、でもたぶん、今の井崎くんにはとっても敵わないけど」
「そんなこと、ないよ、たぶん」
「でも、きっと井崎くんとなら、話が弾むかもね」
幸生ととりとめもない会話を交わすことが、桜には心地良かった。
「お父さんが言うにはねー、若いころは300円で2本観れる映画館もあったんだって。」
「ああ、名画座だな、それ。さすがに300円じゃないけど、今も市内にひとつあるよ。たまに行く」
「ホント!? こんど連れてってほしいなァ」
「いいよ。一緒に行こうな」
「うんっ。約束」
自分のことを、もっともっと幸生に知って欲しい。
桜の心は、痛烈にそれを望み始めていた。
桜は、ちゃんと確認してみたかったが、切り出せないまま日々を過ごしてしまっていた。
そのうち、訊かなきゃ。近頃、毎日そう思う。
――あたしたちって、
つき合ってる、ん、だ よ
ね?
……
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