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(3)
「ね、ね、お母さんは、『メイガザ』って知ってる?」
夕飯時、唐突に娘からこんな単語が発せられ、桜の母は思わず箸を止めた。
「め い……?
……ああ、『名画座』のことね」
この名詞を聞くのも久しぶりだなぁ。そう母は思った。
「うんっ。なんかね、そこだと古い映画とかが、2本観れたりするんだって。むかーしそんなコトをお父さんから聞いたんだけど」
「そうね。あのひと、映画が趣味だったから……たまに1人で言ってたみたい」
父について話すとき、母はいつも素っ気ない。あからさまには言葉にしないけれど、まるで「この話を早く終わらせたい」とでも云うように態度で示す。桜もそれを察すると、なるべく短く済ませるのが母娘の暗黙のルールだった。
まあ、仕方ないんだけれど。
でも。
もうちょっとだけ、今回は続けたい。
情報収集のため。それに――
幸生と会話を合わせたいから。
「お母さんは、お父さんと一緒には行ったことないの?」
――しまった。
ちょっとあからさますぎた。
もう少しオブラートに包んだ言い回しをすればよかった。
しくじったと思い桜は母の顔色を伺ったが、娘の気遣いを慮ってか、話を繋いだ。
「泰秀さんとも、たまに行ったわ」
母は、桜の父のことを『泰秀さん』と呼ぶ。
ずっとずっと以前、まだ家族が一緒に暮らしていた頃は、「あなた」とか「おとうさん」と呼んでいたはずだ。
いつから、『泰秀さん』と名前で呼称するようになったのだろう。
桜はいつも母の口から『泰秀さん』という音が出ると、少し寂しくなる。
――仕方ないよね。
リコンしちゃってるんだもの。
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