#2 はつ恋

7/13
前へ
/111ページ
次へ
(3) 「ね、ね、お母さんは、『メイガザ』って知ってる?」  夕飯時、唐突に娘からこんな単語が発せられ、桜の母は思わず箸を止めた。 「め い……?  ……ああ、『名画座』のことね」  この名詞を聞くのも久しぶりだなぁ。そう母は思った。 「うんっ。なんかね、そこだと古い映画とかが、2本観れたりするんだって。むかーしそんなコトをお父さんから聞いたんだけど」 「そうね。あのひと、映画が趣味だったから……たまに1人で言ってたみたい」  父について話すとき、母はいつも素っ気ない。あからさまには言葉にしないけれど、まるで「この話を早く終わらせたい」とでも云うように態度で示す。桜もそれを察すると、なるべく短く済ませるのが母娘の暗黙のルールだった。  まあ、仕方ないんだけれど。  でも。  もうちょっとだけ、今回は続けたい。  情報収集のため。それに――  幸生と会話を合わせたいから。 「お母さんは、お父さんと一緒には行ったことないの?」 ――しまった。   ちょっとあからさますぎた。   もう少しオブラートに包んだ言い回しをすればよかった。  しくじったと思い桜は母の顔色を伺ったが、娘の気遣いを(おもんばか)ってか、話を繋いだ。 「泰秀(やすひで)さんとも、たまに行ったわ」  母は、桜の父のことを『泰秀さん』と呼ぶ。  ずっとずっと以前、まだ家族が一緒に暮らしていた頃は、「あなた」とか「おとうさん」と呼んでいたはずだ。  いつから、『泰秀さん』と名前で呼称するようになったのだろう。  桜はいつも母の口から『泰秀さん』という音が出ると、少し寂しくなる。 ――仕方ないよね。   リコンしちゃってるんだもの。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加