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もちろん、幸生とは「こんど行こうね」とは言い合った。
でも、それはあくまで口約束。
きちんと、何日の何時に、何を観に行くのか、なんてことはまだぜんぜん話し合ってもいない。
市内のその名画座まで行くとなると、私鉄を使って快速で小一時間、そこからJRに乗り換えて更に20分かかる。おまけに「二本立て」ということは、普通に考えても5時間は上映時間があるだろう。
バスで1本のアクセスのショッピング・モールと比べ、帰りは遅くなるのは確実だ。
曜日を気にしない幸生と違って、それだけ長丁場なら、日曜に行くようにするしかない。
母一人娘一人の家庭の荻野の家では、帰りが遅いと心配されるかもしれない。
だから、きちんとしておきたい、と思った。
「ねぇ~、行っても、い~い?」
桜は、猫が喉を鳴らすような甘え声で母にねだった。
「おとこのこ、でしょ?」
――あ。
バレてる。
「桜も、そんな歳になったかぁ。ちゃんとしてくれるなら、許可するわ」
桜の気不味さを先んじて、母が続けた。
“ちゃんと”がどういう意味なのか解らなかったが、桜はこくりと頷いた。
母の承諾は得た。
さて、次は幸生とプランを相談しなきゃ。
でも、彼ならきっと、好みに合った映画をチョイスしてくれるだろう。
あんまりにも嬉しくなった桜は、聞いたばかりの幸生のアドレスにスマホからダイレクトメッセージを送った。
学校で顔を合わせるまで、待てなかった。
“名画座で、なにかいいのやってる? 今週か来週末くらいに、一緒に行かない?”
返信はすぐに戻ってきた。
それを見たとたん、桜の頬は桃色に染まっていった。
思わずスマホを胸に押し当てる。幸生にこの鼓動が聞こえてくれたら、と願う。
桜の心は、まだ行ったことのない名画座の客席へ飛んでいた。
左側に座る幸生の姿が思い浮かぶ。
――日曜日が、待ち遠しい。
暗くなるまで、待てない。
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