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昨日封切されたばかりで、TVでガンガン予告を流していたほどの話題作のため、場内はかなり席が埋まっている。スクリーンも、このシネコンでは一番大きな2番での上映だ。
予告が始まり館内が暗転する頃には、座席はぼ8割以上の観客で占められた。
桜は少し客席を見回してみた。残念ながら、幸生の姿は見つけられなかった。
――そうだよね。
偶然なんて、そうそう何度も起こるもんじゃ、ないよね。
客の顔ぶれは、カップルや、大学生か高校生くらいのグループの姿が目立つ。娯楽大作だし、ネットやTVなどあらゆるメディアで宣伝していただけあって、体のいいデートムービーになっていた。マニア層のアンテナにひっかかる代物ではなく、普段は映画に足を運ばないようなライトユーザーに向けられた作品だ。
客席は開始前からざわついていたが、予告の終盤になってもまだちらほらとしゃべり声が聞こえてきていた。
上映前の客席の雰囲気から、少し嫌な予感はした。
桜の心の隅に湧いていたそれは、残念ながら現実になってしまった。
遅れて入ってきた中央後方の男女数人のグループが、本編が開始されてからも会話を止めず、その声が音響設計の行き届いた場内に響き渡ったのだ。
「なになに? もう始まってんのこれ?」
「あー、俺ポップコーン買うの忘れたわ。ちょっと買ってくる。ついでだからお前の飲み物も買ってきてやるよ、何がいい?」
「そういえばっさー、昨日の『エンタ』見た? 何つったっけ、あの出てきた新しいコンビ」……
映画そのものに関係ない会話も目立つ。
桜もなんとか画面に注意を向けようとはしたものの、これでは集中できない。
――困ったなぁ……
かと言っても、気弱な女子高生の桜は彼らに注意などできようはずもない。
座席も少し離れていて、小声で注意できる距離でもない。
館内の雰囲気から、なんとなく他の客たちも彼らを迷惑に感じている空気が漂っている。
――どうしよう。
誰か近くの人が注意してくれないかなあ……
そんなことを悶々と考えていた矢先、聞き憶えのあるテノールの声が館内の闇を貫いた。
「――すみません、おしゃべり、辞めてもらえますか?」
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