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『若菜』
もう一度呼ばれる。
ドキドキしすぎて過呼吸になりそうだ。
荒くなっていた息遣いを遅れ馳せながら自覚して、恥ずかしさで更に呼吸が荒くなってくる。
彼が一歩踏み出したので、思わずまた一歩後退しかけ、開かずの扉に背を押し戻される。
焦りが走った。
ただ、その焦燥は一瞬で終わってしまう。
『若菜が好きなのは、私だろう?』
彼の一言に、私の意識全てがシャッフルされたからだ。
『若菜は、私が好きなのだろう?』
繰り返される台詞。
それ自体が十二分に頻脈誘発材なのに、それに合わせて上がってきた腕がより気になる。
彼の腕はとても細く、しかし華奢ではない。
その頼もしさ抜群な筋張った腕をつい目で追いながら、それが自分の顔の真横で留まったことを認識したのは、腕だけでなく顔が近づいた後だった。
彼はゆったりと、私がもたれている扉に左手をついて私に顔を寄せ、右手で私の左の眉をなぞる。
ごくり、と、私の咽が鳴った。
その振動は伝わったに違いなく、恥ずかしさに思わず俯いてしまう。
その私の顔の輪郭を確かめるようになぞりながら、彼は、じわじわと指先を下へ這わせていく。
彼の指先に、少しずつじっとりと力が加えられていくのが感じ取れた。
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