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その人は、青空を背にして立っていた。
そのまま、此方を見ていた。
少しつり目ながらその瞳は優し気で、でも私に対して全く無関心であることは容易に見てとれる。
そんな人を、私は、じっと見つめ返してしまった。
スラリと高い身長にも、すっきりした顔立ちにも、体育着の裾から出た手足の筋肉にも、空虚な視線にすら、ただひたすら魅入られた。
私は屋上への入り口で、掴んだドアノブを離すことができず、次の一歩を踏み出しもせず、その姿を網膜に映し続けた。
その人は、不躾な私の視線を嫌がりもせず、さりとて喜んでいる様子など全くない。
何も考えていなさそうな目のままで、ずっと私と見つめ合っていた。
それが、高等部入学式の翌々日のことだ。
以降も私はその人のことが気になり、五畳ほどしかない小さな屋上は高校生活で最初に親しんだ場所となった。
いや、その人に会いたい一心で足繁く通ったという訳ではない。
私にとっては『屋上そのもの』が目的であり、そこにいる人などオマケに過ぎない。
それでもやはり、その人の姿を捉え、語らぬどころか声すら出さないその人の横で静かに安らいでいる自分を、しみじみと楽しんでいた。
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