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それが判っているからこそ、私は、心を乱さないことに神経を尖らせていた。
でもこの人のあの反応は、初めてだった。
屋上のこの人は、幽霊だろう。よく見ると何となく体の先が透けているような気もするけれど、それ以上に薄いのは存在感だ。
そこに誰かいようが傍で密談していようが関係なく、あの無関心な目でいつも同じ場所に立っているという異常さだった。
しかし私にとっては、幽霊であるその人が、私と見つめ合いながら尚私に対して全く無関心であることの方が、余程異常だった。
そして、多分私は、それだけで心動かされてしまった。
世界を拒絶するような悲しげなその瞳が、むしろ世界に拒絶されているように見えて、哀しかった。
私だけでも寄り添ってあげたいと。
私が、笑顔を取り戻してあげられたらと。
彼を見ながら、ついそんな傲慢な想いを募らせていた。
それなのに。
「私も見るの」
端的な一言は、笹木さんの口からさらりと発せられる。何でもないように響くその一言は、しかし、私の脳を劇的に揺さぶった。
笹木さんにも彼が見える、そう突き付けられただけで、微かに息苦しくなる気がした。
針の先程に僅かながらも生まれてしまった黒っぽい感情は、十二分に胸につかえる。無視できるようなものではなかった。
笹木さんへの嫉妬を、認めないわけにいかない。
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