矢印

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 彼女を置いて逃げれば助かる。  残って庇えばそこでアウト。  俺のため…そう、俺自身の命を守るためならば、選択は当然白。矢印は俺の人生をよりよく導くために出現しているのだから、この場面で逃げるのが白なのは必然だ。  でも、そうしたら彼女は? ここで動けなくなってしまっている彼女はどうなる?  通り魔が近づく。もう迷っている暇はない。  白か黒か。逃げるのか留まるのか。白を選んで彼女を失うか、黒を選んでここで終わるか。  俺の、決断は…。  反射で彼女を肩に担ぎ、走り出した。  何しろラグビー部所属なもんで、女の子一人担いで走るくらい楽勝。速度も落ちない。  逃げる、逃げる、逃げる。  多分一人ならもっと早く遠くへ逃げられるだろうけれど、それでも通り魔が手出しできないくらいの位置までは充分に逃げる。逃げ切る。  逃げて来た方向がいっそう騒がしくなった。どうやら駆けつけた警官達に通り魔が捕まったらしい。 「大丈夫?」 「うん。ありがとう」  地面に下ろした彼女にそう告げると、涙目でこくこくとうなずく。それに俺はよかったとつぶやいた。  …えーっと。矢印は無視できるのかって? そりゃ当然だろ。あれはあくまで山程ある選択肢の内の、最良と最悪を示してるものだから。  さっきの場合は、俺が単独で逃げるのがベスト、彼女を庇ってあの場にいるのが最悪って意味で、当然ながら他にもやれることはある。  俺が彼女担いで逃げたのは、俺の命にとってはベストじゃないけれど、二人が助かるには最良の方法。  矢印に従わなくても、充分、俺は俺の意志でやりたいことを選択できる。でも、あの白と黒に従うと、よりよい結果が得られるから、今日も今日とて、俺は浮かぶ矢印を頼りにしている。 矢印…完  
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