2.廃墟

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 しかし、その理由が思い当たらない。そしてそれを知っているであろう人物が、目の前に居る。尋ねない手は無かろう。 「……」  しかしクロードは、スミの質問に対して言葉を詰まらせてしまった。少しだけ思案する素振りを見せ、彼は静かに目を伏せる。 「あの施設には、僕の事情で向かったんだ。どうしても欲しい情報があってね」  散々迷った末に彼が吐き出した言葉は、細部をぼかした曖昧なものだった。無論それだけの説明では、危うく死にかけた上に記憶まで無くしてしまったスミが、納得できようはずもない。 「うー……」  不満げにスミが唸る。  しかし、彼は詳細を語る事を頑なに拒み、決して口を割ろうとはしなかった。 「ごめんね、スミ。でも、今の君には教える訳にはいかないんだ」 「どーしても?」 「スミが色々と思い出してきたら、僕も全部話そう。今のスミに話しても、辛い思いをさせるだけだ」 「……」 「忘れていられるなら、その方がいいかもしれない事もあるんだよ」  彼の妥協点は、スミがある程度まで記憶を取り戻してきたら全て話す、というものだ。それ以上の譲歩はするつもりが無いようで、頼もうが、怒ろうが、甘えようが、拗ねようが、クロードは決して折れようとしない。  どうやらスミは、大部分の記憶と共に致命的な何かを思い出せていないらしく、クロードに言わせれば、それは思い出さない方が幸せ、との事らしかった。自分勝手というか、独善的な判断ではあったが、しかし彼の決意は固く、またその真剣かつ沈痛な表情と声からは、スミを心の底から心配している事が痛いほどよく分かる。このまま食い下がった所で、徒労に終わるだろう。  結局スミは、わざわざあの施設に侵入しなければならなかった理由を聞き出す事も出来ないまま、いつしかこくりこくりと船を漕ぎ始めていた。何だかんだで、皇獣の群をたった二人で突破してきたのだ。たった一体でも、街に甚大な被害を与えかねない代物を、何十体もだ。皇獣を撃破してきた経験があったらしいとはいえ、かなり疲労が溜まっていた事には違いない。  まだ聞きたい事はあったのだが、クロードの「ごめんね」という呟きを聞いたのを最後に、彼女の意識は深い闇の中へと沈んでいく。まだ、陽が落ちて間もなくの事であった。
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