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翌朝目を覚ますと、スミは一人用にしてはかなり大きめの、ふかふかなベッドに寝かせられていた。元気よく飛び起きると同時に、それに負けない勢いでお腹がグゥと唸り声を上げる。昨晩は結局、何も食べないまま眠ってしまった事を思い出すと、余計に空腹感が増した気がした。
ここは件のアパートの洋室だ。ドアを開けて部屋から出ると、廊下の向こうから食欲をそそるいい香りが漂ってくる。記憶が欠けている癖に、なんだか懐かしい匂いだと感じた事がおかしくて、スミはクスリと笑った。
そう、相変わらず記憶の方はさっぱりで、自分のフルネームすら思い出せない有様だというのに、それでも懐かしいと感じるとはこれいかに。一晩休めば何か改善しているかとも思ったが、取り立てて何か大切な事を思い出したような気はしない。
視界の端に見える値は、“同調率...1.07%”。昨日よりも少しだけ進んでいるが、スミの与り知らない何かは九分九厘も機能していないとなると、劇的な変化が無かった事にはむしろうなずけるというものだ。無論、この同調率とやらが何を指しているのかも、依然として分からないままである。
薄暗い廊下を抜けてダイニングキッチンに入ると、エプロン姿のクロードが鍋を火にかけている所だった。鍋は二つで、片方は準備中らしい。そしてもう片方は、味噌と海の香りを漂わせていた。
「おさかな!」
匂いから判断するに、鍋の中身は鯖の味噌煮だ。昨晩の内に調理してあったようで、しっかりと味も風味も染みていそうであり、直接目の当たりにせずとも食欲を刺激してくる。他にも、お手製と思われる瑞々しいコールスローサラダがボウル一杯に入っており、こちらもなかなか魅力的な存在感を放っていた。炊飯ジャーも勢いよく湯気を吹いており、しばらくすれば申し分のない仕上がりの朝食にありつけるだろう。
「ああ、おはようスミ。そろそろ起こしに行こうかと思ってたんだけど、自分で起きられたみたいだね」
振り向いたクロードに偉い偉いと褒められ、スミは嬉しそうに目を細めた。
「まだ少しかかるから、今の内にテーブルの上を片付けてくれるかい?」
「うー!」
小皿に少しだけ取った鍋の中身の味見をしながら、クロードが指示を飛ばす。それに対し、スミは真似事の敬礼で応えた。
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