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人通りの多い交差点のところに差し掛かると、スポーツカーの側でたむろしている数人の男女が視界の端に入った。
すれ違う際に
「その子、貴文のオンナ?」
と言った声が聞こえて
「違う。俺と同じとこで、一緒に働いてる子。勝手についてきたんだ」
「そんな言い方、ないでしょ! 周防くん」
って、ーーーーえ?
聞き覚えのある名前、その声に、陽菜子の足が止まった。
ゆっくりと視線を流す。
眼鏡をかけていない周防がいて...陽菜子は目を見開いた。
シャツのボタンを外している周防。
はだけたシャツからは、たくましい胸筋がちらりと見えてーーー男の色気を醸し出している周防は、いつもの周防じゃない。
いつもの周防は、ピシっとした黒いスーツを着て、白い手袋をしているのに、白い手袋はしていなかった。
手袋をしていない手で、
「つーか、雅美。お前、なんで俺の腕にしがみついてんだよ」
と、ぞんざいな態度で振り払おうとしていた。
「だってぇ、私、周防くんが好きなんだもん」
と、周防の横で笑っているのは、雅美ーーーー邸に2ヶ月前に雇われた、新しいメイドだ。
陽菜子は、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
なぜ...周防は雅美と一緒にいるの?
どうして?
もしかして……付き合っているの?
周防と雅美が一緒にいるーーーその光景が頭に離れない陽菜子に
「陽菜子ちゃんはカラオケに行ったことないんだ?」
と話しかけたのは聡だった。
陽菜子はハッとする
ああ、私は奈緒に連れられて、居酒屋に来てたんだーーーと、思い出した。
「カラオケ……行った事、ないです」
奈緒の友人である聡に、取り繕うように笑み返すと、聡は満面の笑みを見せた。
「じゃあ、今度、僕と一緒に行こう」
「え...?あ、はい」
陽菜子は聡とメルアド交換して、また会う約束をかわす。
帰りに奈緒から「どうしたの? あんなに楽しみにしてたのに、店についてからボーッとして」と、心配されたが、陽菜子は弱々しい笑みを返すだけだった。
だって、周防がーーー
眼鏡を外した周防が、笑っていた。
それも冷たい氷のような瞳ではなく、雅美と一緒に、笑っていた。
その事実が、陽菜子の頭の中でグルグルと回っていた。
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