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そんな事を思い出していると、いつの間にやら会場に次々と来場者がやって来た。
初日の入りは上々で私の作品にあっと言う間に売約済みの札がどんどん貼られていく。
主催者側もこの状況にはとても満足していた。
ただ、私が今回の個展のメインにしている作品については
「先生、今日だけでも売って欲しいというご要望が何件もありましたよ。やはり、気は変わりませんか?」
「すいません…あの作品だけは売れません。」
「そうですか…」
と私の答えにあからさまに残念がっていた。
とは言え、盛況に初日を終えた事に満足してそれぞれお疲れ様、また明日と言って帰っていった。
みんなが帰った会場に一人残る私。
物音一つしない静かな会場に微かにどこからとも無く足音が響く。
私は目を閉じその足音に集中する。
少し歩いては立ち止まり…
また歩いては立ち止まり…
きっと一つ一つの作品をゆっくり見てくれているのだろう。
更に耳を棲ます。
ゆっくりとゆっくりとその足音が近づいてくる。
そしてーーー
私の後ろでピタッと立ち止まるとフワッと私の体が大きな手により真後ろから包み込まれた。
久しぶりに嗅いだあの香りがかつてインプットした私の鼻を刺激する。
その瞬間、鮮明に思い出す。
男の人にしては甘めのあの香り…
そして私に回された手の温もりを…
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