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 手持ちの瓢から酒を煽った李白は、辛悟の言葉に「そうじゃそうじゃ」と身を乗り出す。 「そういえばまだ決めておらんかったな。じゃがわしは別に金に困ってもおらん。何も欲しいとは思わんわ」 「まるでそちらが勝つことが前提だな。それでは俺が勝ったなら、そちらはどうするのだ?」 「かーっ、このいやしんぼうめ! わかったわかった、それならこうしよう。負けた方は勝った方に一晩、酒と肴を好きなだけ振る舞うのじゃ。わしはそれで満足じゃ。そちらはどうじゃ?」 「俺は酒などいらん。それに見合う金だけ貰えれば良い」 「なんじゃつまらん。まあ良い、それで良かろう!」  その言葉を聞いてようやく、辛悟は第二手を打ち込んだ。  三手、四手、……二十手、三十手。辛悟は黙々と、李白はぎゃあぎゃあと騒ぎながら迷いなく打ち続ける。まもなく戦況は明らかになった。李白の打つ手は一言で言えば支離滅裂、定石から外れた事ばかりするので簡単に突き崩してしまえる。そうして辛悟は黒目を広げ、李白を追い込んで行った。だが対する李白の方は危機感など全くない様子で、素面なのか酔った勢いなのか、ゲラゲラと笑いを絶やさずに打ち続けている。まさか劣勢に立たされていることに気づいていないのだろうか。 (やれやれ、少しは楽しませてくれるかと期待してみたのだが、ただ口喧しいだけの変人か) 「こっちに打つとこう来るじゃろ? となるとやはりここはあちらへ打ってこちらへ走り、そこを一回転してこうこうコケッこう……」  わざわざ聞こえるようにぶつぶつと喚きながら次の手を考える李白。その肩越しに、ふと辛悟は視線を向けた。賭場の入り口に見知った顔が立っていた。 「若様! やはりこちらへいらしていたのですね」  賭場全体に聞こえるような大声でそう言ったのは、辛悟よりも少し年下の、十二歳ほどの少女だった。一介の町娘に比べれば少し良い着物を身につけ、黒髪も綺麗に結っている。幼顔ながらもなかなか整った顔立ちをしており、入り口から辛悟の元へと歩く間にも何人かの視線がその姿を追いかけた。 「阿遥(およう)か、何用だ? ここへは来るなと言っていたはずだぞ」 「そうは仰っても、若様がこんな薄汚い掃き溜めみたいな場所へ足を運んでいることは私しか知りませんもの。急ぎの用でなければ私もわざわざ来ません」
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