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 実のところ、辛大老の孫はもう一人いた。そちらは勉学もでき、人柄も良く、正しく辛大老の跡を継ぐ者と期待されていた。それが、ある不幸な事故により急逝してしまったのだ。それにより彼が背負っていた一族の期待が全て、その弟の身に降り注いだ。その弟はそれまで全く期待されず自由奔放に生きてきたのに、兄の死をきっかけに突如風当たりが変わってしまったのだ。なりたくもないものになれと言われ、言われるままに勉学に取り組んだ。しかしその結果は凄惨たる有様、科目試験を受けても並み以下の成績しか収められない。そのうち完全に自信を失くしてしまい、身の上を隠して街を徘徊するようになってしまった。挙げ句、破落戸(ごろつき)どもに混じって囲碁賭博にまで興じるようになったのだ。  翌日、辛悟は賭場には足を運ばず、街から数理離れた川辺で寝そべっていた。別段天気が良いわけではなく、むしろ見上げた空には曇天が広がっている。まるで自身の心中、あるいは未来を示すものかと辛悟は自嘲の笑みを浮かべた。  ――昨日、賭場から帰った彼を待っていたのは辛大老からの思いもかけない言葉だった。広間に入った彼に視線を向けることもせず、辛大老は辛悟にこの屋敷から出て行くように命じたのだ。 「方々探してようやくお前を一人前にできそうな先生を見つけたのだ。お前の教育を頼んだところ快く引き受けて頂いた。ただし今の暮らしを止めるつもりはないということで、お前をあちらへ預けることになったのだ。早速だが、明日、先生のところへ向かってもらう」 「……そんな大事な話を、本人に何も言わずに決めたのか」  辛悟が怒りを隠すこともなく言うと、ようやく辛大老はその顔を向けた。そこには嘲りの笑みがある。 「言ったではないか。今、ここで。否やは聞かなかったぞ?」 「相変わらず詭弁が得意な陰険ジジイだぜ」 「相変わらず文句ばかりが多いくそガキじゃ、この辛家の恥晒しめ。貴様のような輩をいつまでも養ってやるほど、辛家は甘くないぞ」 「それじゃあ『甘』家とでも改姓すれば良いさ」  瞬間、辛大老の指が辛悟の喉元へと突き付けられた。鎖骨の付け根部分からやや上、「天突穴」を押さえている。 「――ではお前はそう名乗るが良い。貴様が辛家の自覚を持ち、それに見合う人間となるまでは辛姓を名乗ることを禁ずる。その間、辛家の者の前には姿を現すな。先生の下で己の不出来さを呪うが良い」
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