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 ――なにやら物騒なことを言っている。辛悟はごろりと寝返りを打って声のする方を草陰の合間から覗き見た。どこかで見たような風体の男が二人、腰に提げた剣に手を掛けつつ駆けて来る。一方はひょろりと背の高い痩せ男で、もう一方は太ってもいないのに顔がまん丸で目が豆粒のように小さい小男だ。 (あれは……そうだ、昨日賭場で見かけた奴らだな。誰かを探しているようだが、何かあったのだろうか?)  男たちが間近に迫る。辛悟はそっと後退して水辺の方へ移動する。息を潜めて男たちが通り過ぎて行くのを見送った。一瞬、つんとした臭いが鼻を突く。  ゴボン。背後から不意に音。辛悟ははっとして身を翻し、すぐさま飛び出せる体勢を整える。しかしそこには何もない。……何もない? 本当に?  否、水面には波紋が浮いている。岸から一歩踏み込んだ辺りを中心に今まさに消え行こうとする波紋が水面に広がっていた。しかしその中心点にはやはり何もないように見える。水中に何かあるのか? 辛悟の位置からそれは見えない。もう少し近づいて中を覗き込もうとした、その時である! 「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「うおぉぉぉぉっ!?」  水中から巨大な影が、いや正確には辛悟が予想していたよりも大きな物体、すなわち人間が飛び出した。全身に水草をまとわりつかせ、その様はまるで妖怪か巨大な汚泥である。 「めっちゃ苦しい! めちゃくちゃ苦しい! いやそれよりも見た目に反してこの川結構汚ねぇ! 誰かが毎日クソでもしに来ておるに違いないわ!」  水中から現れた謎の人物は顔面にかかる藻を払い除け、その真正面にいた辛悟へと小魚が喰らいついた指先を突き付けた。 「ほーらおいでなすったぞ。貴様が犯人かこの下痢便野郎!」 「泥人形みたいな恰好して出会い頭に何言いやがるんだ貴様は。――って、貴様は李白か!」  水草と泥に塗れたこの怪人は、まさしく昨日賭場で辛悟と囲碁勝負をした李白少年に違いなかった。 「いいえわしは川の神です。さあ貴様の願いを言うてみよ。力の限り言いふらしてやろうぞ」  全力でお断りだ。そもそも、そんな言葉で誤魔化せるとでも? 「おい、あそこに誰かいるぞ!」 「奴め水中に隠れていたのか」  そうこうしているうちに背後から声。振り向けば先ほど通り過ぎて行った男たちが引き返して来る。李白はチッと舌打ちし、全身にまとわりついた水草を払い落とす。
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