2/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
 滑らかな曲線を描くそれは柳葉刀(りゅうようとう)と呼ばれる物だ。少女はそれを片手にひゅんひゅんと振り回し始めた。端からみればただ適当に振り回しているように見えるが、実際適当に振り回している。武芸の修練をしているつもりなのは本人だけだ。  蘭香がこの廃廟で独自に武芸の修練を積み始めたのは、まだ一年前のことだ。当時彼女は十二歳だった。母親に言われて納屋で捜し物をしていた折り、崩れ落ちてきた荷物の中からこの一振りの柳葉刀が転がり出たのだ。 (あたしには武芸の才能があるから、それを十分に発揮せよと天が与えてくださったんだわ)  根拠のない妄想を疑いもなく信じ込むのは彼女の最も得意とするところだった。その夜密かに家を抜け出した蘭香は、人気のない場所を探して裏山に入り、この廃廟を見つけたのだ。これが余計に思い込みを加速させた。以来毎晩夜中に寝床を抜け出しては剣を振り回し、その挙げ句に昼間に居眠りするのが習慣と化した。母親からは何度も怒鳴り散らされたが、内心で「いずれあたしが江湖に名を馳せる大英雄になった時に後悔するわよ」と呟いては適当に反省した振りをするばかり。おかげで近所ではすっかり「ダメな不良娘」の扱いだが、それを知らぬ本人はいい気なもの。自分は強さと美貌を兼ね備えた女傑の卵だと信じて疑ってはいなかった。  ――要するに、この桃蘭香という少女は思い込みの激しい、端的に言ってしまえばイタい娘なのである。  ヒュンヒュンヒュン。剣風が更に勢いを増す。いつにも増して殺気立っているようだ。それもそのはず、先日、彼女はこの廃廟で二人の男たちに出会った。彼らは蘭香より少し年上と思われたが、その武芸の腕前はそれよりも更に上だった。散々な目に遭わされ、それを思い出す度に怒り心頭なのである。 「マジであいつら、ムカつくわ。見てなさいよ。あの時あんたたちは卑怯な手であたしを弄(もてあそ)んだけれど、あたしは正々堂々とあんたたちをやっつけてやるんだから。怖じ気づいてないで、出てきなさいよ。二度と顔も見たくないわ!」  ヒュンッ! 大きく一振り、鞘に収める。少し上がった息を整えるため蘭香はすとんとその場に座り込んだ。  それまで薄雲に遮られていた満月が、その時ゆっくりと姿を現した。破れた壁の隙間から、ゆっくりと月光が差し込み廟内をほんのりと照らし出す。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!