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 この時ようやく、蘭香は異変に気づいた。いつもと違う光景だ。何が違う? 三秒考え込んでからその違和感の正体に気づく。  壁一面に、昨夜までは存在しなかった奇怪な文様が描かれていた。白い、これは石灰か何かだろうか? 月光を遮らないように近づいてその文様を観察する。すぐにそれが人の姿、それも剣を携えた人間の絵であることに気づく。蘭香は祭壇へと飛んで行き、割れて欠けてしまった丸鏡を持って戻った。月光を誘って更に観察するとそれらの絵が連続した一つの動き――武芸の型を演じるものであると知った。  はっとして振り返る。さわさわと外で木々の葉がさざめく音が聞こえたが、人の気配はない。次いで祭壇の女神像を見やり、この奇妙な壁画の意味を探った。これは初めからあったものではない。確かに昨日まではこんな絵はなかったのだ。それがどうして突然現れたのか。 「――簡単だわ、そんなこと。天があたしに武芸を授けて、この世の悪を討てと望んでおられるのだわ。ならばこの桃蘭香、必ずご期待に応えて見せましょう! まずはあの悪党どもを討ち取って、然る後に江湖に蔓延る悪人どもを一人残らず斃して見せましょう!」  跪(ひざまづ)き、額を床に押し当て三回叩頭する。これは弟子入りの礼である。彼女は本当に神託を受けたと考えているのだろうか? 否、そうではない。その胸中では未だ疑念が渦巻いていたのである。 (何かの悪戯だと考えるのが妥当なんでしょうけれど、こんな場所を知っているのはあたししかいないはず。それに壁一面というのは尋常ではないわ。あたしだって莫迦じゃないんだから、明日良く調べてみて、本当に使えそうな武芸であれば遠慮なく学ばせてもらいましょう)
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