夏霧に濡らされて

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外に出ていることも忘れて慎ちゃんとの会話に夢中になっていた。 『ねぇ真亜子、今家に帰ってる?』 「…ぇ」 いつもと変わらない優しい声なのにどこか探りを入れるような口調で、顔を上げて辺りを見回したけれど、慎ちゃんがここにいる訳がない。 『後ろがいつもと違う感じだから。外に出てるの?』 「あ、うん……そうなの。家の近くで、紘子と…」 『紘子ちゃんと?外にいるの?』 慎ちゃんに弱音を吐いておきながら、モリ達と北川くんの店にいるとは言いづらい。 「…えっとね、紘子と近くのご飯屋さんに来てるの。今は、店の外で話してるの」 疚しくないんだけど、風になびく髪を一人撫でながら背筋を伸ばす。 『そうだったんだ…。もう戻りなよ、紘子ちゃんが一人になってるんだろ? また、電話するよ』 「うん、じゃあね」 画面をタップした私は足早に店の中に入って通路にまでもれ聞こえるモリの声に苦笑いしながら暖簾をくぐった。
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