逃げ出した君に捧ぐ

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「望月! いいか、忘れるな。アントシアニンだ! その名は、アントシアニンだ!」 「あ・・・アントシアニン!!」 彼女の声は歓喜に震えた。 「おい、山下、望月! お前ら何やってんだ、こんなところで。もう始まるぞ!」 突然ドスの利いた声が投げかけられ、僕と望月は振り返った。 メタボ気味の体をゆすって、顧問の黒岩が小走りに走って来る。 僕は手を振った。 「すみません、先生。セリフ合わせしてたんだけど、望月が、アントシアニンをどうしても覚えなくて」 「ひっどーーーい! 山下君、バラさなくてもいいでしょう? あなただってクロロフィルとクロロフォルムをいつも間違えてたじゃない」 「もう覚えたよ」 「何でもいいから教室に戻れ。生物部の出し物の時間、もうすぐなんだぞ!」 僕は顧問の言葉にカチンと来た。 「だいたい、なんで生物部が『紅葉とその仕組み』を、擬人化芝居で説明する羽目になったんですか! それも2日前に! ぼくら、お芝居未経験なんですよ!」 望月も、僕の横で大きく頷く。 顧問の黒岩は、振り向いてニンマリした。 「まあいいじゃないか。お前たち、スッゲー絵になってるぞ。高校最後のイベントだ。思いっきりはじけて、散って来い」 「ったく。調子いいんだから。……仕方ない。行って散ってこようか」 僕は大きくため息をついて、横に立つ望月の手を握った。 それは本当に、無意識だった。 望月が、少し驚いたような目をして僕を見上げ、うん と頷く。 少し赤らんだ頬は、頭上の楓のように赤く、そしてとても綺麗だと思った。         (END)
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