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「しかし足音だけしか聞こえない、というのはなかなか怖いものですね。自分も不気味に思ってしまいますよ」
寛がそう言って、今回の事件についての話を切り出す。すると彼女はほんとですよ、と返すと、
「夜の薄暗い中を追いかけられるならまだしも、相手がどこにいるのか分からないんですからね。いつ襲われるか不安で毎日気が気でないんです」
「何かそういう事に心当たりは?誰かに恨まれているとか、ちょっとしたトラブルがあったとか」
俺が訊ねると彼女はうーんと言いしばらく考え込むが、
「特にそういうのは。第一、人に恨まれるとかってあくまで恨まれている本人には分からないものだと思うんですよ。その人にとっては大したことじゃなくても相手には屈辱的だったとか……。だから誰彼に恨まれるって結構主観的に感じるんですよ」
「は、はあ。なるほど……」
はきはきとした物言いに俺は少したじろいでしまう。第一印象は大人しめの、気弱な方と思っていたがその考えは改めた方がいいかもしれない。寛の方も同じことを考えているんだろう、少し驚いた顔をしている。
「で、では夜以外はどうですか?足音はよく夜の帰宅時に聞こえるそうですが、日中なども聞こえますか?」
「いや、それは無いです。現に今も聞こえませんし、休日の昼間は全く聞こえてきません」
なるほど、と俺がメモを取っている時、ふと足元を見ると何かが俺の足に纏わりついている。見ると1匹の黒猫が俺に構ってほしいのか、足元をぐるぐるとしてこちらを見上げている。
「猫か。……ごめんな、今仕事中だから後で遊んでやるから」
「へえ、その猫が初対面の人に懐くなんて珍しい。その子、この公園に住み着く野良なんですよ」
そうなんですか、と俺が言うと猫がその通りと言わんばかりにニャーと鳴く。黒い毛に妙にはっきりとした金色の瞳、なかなか立派な顔つきをしている。
すると寛が猫に近づいていくと、
「よし、ならおれが代わりに遊んで……、遊んで……、あそ……ってあれ?」
黒猫は寛が近づくと逃げ、また近づいても逃げる。どうやらあいつには懐いてないようだ、寛はしきりに首をかしげているが。
「何やってんだあいつ……」「ふふ、面白い刑事さんですね」
俺と秋華がその様子を見ていると、
「あー!あなたはこの前の!」
大声が、静かな公園に響いた。
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