第1章

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 うちは両親とも同じ町の人間だ、ひろきの母親のことも知っていた。ひろきの母親は、うちの両親とはひとつ違いで年下だった。  両親はそれを知っていて、俺がそれなりの歳になるまで何も話さなかった。  うちは丘の下にあった。丘の上のお屋敷の隣――ひろきの家は坂を上って10分ほどだ。  幼いながらも知っていたのは、ひろきたちが東京から越してきた事、そんなにお金には困っていないにしろ、母親が隣町で遅くまで働きに出ている事だった。そして、その祖父は厳しい人だった。  母に頼まれておすそ分けの「肉じゃが」を持って坂を登って届けに行ったときだった。 「このばかものが!!」  地を這うような、地鳴りみたいなその声と何かをはたく音がした。 少し走って、ひろきの家を覗くと、庭でひろきが倒れていた。 その傍に仁王立ちの杖を突いた老人がいて、恐ろしくて近づけなかった。  真冬の庭。からからと落ち葉の転がる音。 地べたに這いつくばった友達に俺は何も出来ずにぐるりと回って、玄関を開けて、たたきに「肉じゃが」を置いて逃げた。  その晩は怖くて、逃げた自分も許せなくて眠れなかった。  次の朝、気まずさで顔を合わせるのを避けていたのに、ひろきは何事もなかったかのように寄って来た。 「しょうちゃん。肉じゃがおいしかったよ。お母さんによろしくっておじいちゃんが」  そう言ってタッパーを返してきた。  けして、何か含んだような様子はなかったが、心で「ごめん」と謝っていた自分がいた。  その後、段々登下校を一緒にするようになって、学年が上がり、クラスが変わっても一緒にいた。  大人しくて、優しいひろきは女の子からもいつからか「男子」扱いされなくなった。 「ひろくんだったらいいか」「ひろくんも一緒にどう?」  そう女子達が話してるのが聞こえた事がある。  男子っぽくないのだ。  小学4年の頃には「おかま」と言われてからかわれたが、俺が怒って蹴散らした。 「しょうちゃん。ありがとう」  潤んだ目でお礼を言われて、顔が熱くなった。自分が照れてると気付いて、俺がおかしいのだと、変な感覚を頭から消し去ったのを覚えている。  
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