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なぜ……こんなに、自分の意志に反して心が揺さぶられなければいけないのだろうか。
手放したはずの気持ちは、業務指示や説明で言葉を交わすほんの僅かな時間に、あれからずっと合わない彼女の目の伏せた睫毛に、彼女が三浦さんや古賀さんと話している朗らかな声に、いちいち反応しては消えかけた熱をよみがえらせる。
燻りを完全に消すことを許してくれない。
今だってそうだ。
偶然触れた肩に、フロア外で共有するこの空気に、会社のビルの廊下だということを忘れてしまいそうになる。
燻って煙たいほどの気持ちが体内に充満し、眩暈さえ覚えるほどに。
「……小宮さん」
動かない彼女の頭上から、その名を呼んだ。
返事はない。
そのまま微動だにしないので、再度名前を呼ぼうとした時だった。
目の前の彼女が、スローモーションで床へ吸い込まれていくような動きを見せた。
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