side N

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「……」 静かにコートを脱ぎ、それを腕に掛けてデスクへ向かおうとしたところで、そのポケットの中身を思い出した俺は、 「あ、小宮さん」 と、彼女の名を呼んだ。 「え?」 「忘れ物。返しそびれていました」 俺はポケットから取り出したそれを、彼女の手の上に乗せる。 「何……を」 「ベルト」 駄々をこねる幼な子のように、触れたいという衝動を止めるすべを知らなかった。 過去は不純物だと小宮さんは言ったけれど、過去に限らずして不純で危うく、都合よく解釈を曲げては、現実を無視しながらも己を突き進めた。 そんな自分も、あの夜のキスも、この関係を恋人だと言って笑った彼女も。 「…………」 ……俺は今ようやく、ベルトと共にこの手から放した。        
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