1人が本棚に入れています
本棚に追加
冷たい目だ。めいこは女の直感でそう思った。
そんな冷たい目の男と、堂内に二人きりで取り残された。めいこの心中に一瞬、最悪の想像が過ぎったが、めいこはそれを表情に出す事なく胸の底に押し込めた。
浪人であっても侍の妻である。そして腹に命を宿す母である。
何があっても腹の子だけは守ってみせるという覚悟は定まっていた。
と、その浪人が動いた。
するり、と立ち上がり様に抱えた刀を左腰に差し直し、すたすたと歩み寄って来る。
めいこはとっさに胸の懐剣に手を伸ばしかけたが、すぐに思いとどまった。
浪人は彼女のそばではなく、堂の入口に背を向ける格好で再び座り直したからである。
浪人は刀を腰に差したまま、正坐で、再び目を閉じた。
さぁぁぁ・・・
変わらず雨音が降り込める沈黙の中、
突如、
「チェストオオオオ!!!」
もの凄まじい気合いが響き渡った。
これは夫の声だ。海斗が剣術を遣う時に発する激である!
しかし、何故?
めいこが不審に思う間もなく、いきなり二人の男が堂内へと飛び込んできた。
二人とも長脇差を手に、殺気に満ちた表情である。
野盗だった。
二人の野盗は、堂の入口を塞ぐ様に座る浪人めがけ、容赦なく襲いかかった。
浪人はしかし、この背後からの急襲に動こうともしない。
二つの刃が、浪人の頭上から振り下ろされる。
その時、浪人の頭上を二筋の光が横切ったかと思うと、彼は刀を“納めていた”。
振り下ろされた脇差は、握っていた野盗の腕ごと、堂の奥へと飛んでいた。
二人の野盗は、手首から先が消えた自分の腕を呆然と眺めていたが、すぐに白目を剥き、仰向けに倒れて果てた。
野盗たちは腕だけでは無く、その下腹をも横一文字に裂かれ、致命的な量の中身を零していた。
めいこには、浪人がいつ刀を抜いたのかさえ見えなかった。
座したまま振り返りもせずに二人の野盗を斬った浪人は、すっくと立ち上がり、そして表に目を向けた。
表は既に静かになっている。
そこに、海斗が血塗れの刀を引っさげて立ち尽くしていた。
その周りには、四人の野盗が屍となって転がっていた。
野盗たちは全員、脳天を一太刀で叩き割られている。
海斗が発した気合いが一度だった事を考えてみれば、ほぼ四人同時に襲ってきた野盗を、彼が一瞬で返り討ちにした事が分かる。
「示現流か」
最初のコメントを投稿しよう!