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表の様子を目にして、浪人が初めて口を開いた。
その言葉に、海斗がハッとなって堂へと振り向く。
海斗は堂の入り口に転がる二つの屍を見て、直ぐに事情を察した。
海斗が、浪人に向かって頭を下げる。
「ご助力、かたじけない」
「異な事を。彼奴らが俺を襲ってきた故に、斬り捨てたまでのこと」
「おかげで妻が助かり申した。私は、愛洲浪人、始音海斗と申します。流派は御察しの通り示現流。そこもとの名をお聞かせ願いたい」
「那須浪人、神威楽歩。我流」
浪人、楽歩はそう名乗ると、堂の外へ足を進めた。
海斗は、刀を納めていない。何故なら、楽歩の左手が刀の鍔にかかり、鯉口を切っていたからだ。
右手はまだ柄にかかっていなかったが、明らかに居合い抜刀の構えである。
「海斗と言ったな。お主も武芸試合参加のくちか?」
「いかにも」
「左様か。その業前ならば、勝ち残るのは俺かお主のどちらかであろうよ」
楽歩はそう言って、フッと笑い、
「いっそ、先にここで斬り合うか?」
「!?」
楽歩の言葉に、海斗は反射的に刀を頭上に振り上げ、大上段に構えていた。
だが、楽歩は、
「くっくっく・・・あっはっは」
高笑いを上げ、左手を刀から離した。
「お主、腕は立つが御し易いのう」
そのまま、上段に構えて固まる海斗の脇を通り過ぎた。
「試合に出たければ出るが良い。しかし九里府藩への仕官は、俺がいただく」
すれ違いざまにそう言い捨て、楽歩は雨の煙る景色の奥へと消えていったのだった。
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