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「金がねえならこっちにもやりようはあんだよぅぉ」
巻き舌の不良が自身の懐を探り、紙と鉛筆とクリップボードを仲井に差し出した。
「ここにてめぇの名前と住所と電話番号を書くんだよぅぉ。暇なときに遊びに行ってやろからよぅぉ。あくしろよ」
紙の挟まれたクリップボードと鉛筆を持ち、仲井は固まった。素直に書いてしまえば今後延々と絡まれ続けることになるだろう。書かずにいればここから逃げることはできないだろう。
「何してんだオラー! さっさと書けよオラー!」
腕組みの不良が催促を始める。
「おいおい、二人ともやり過ぎ・・・・・・なんて言うと思ったかゴルァー! 俺も敵だぞゴルァー!」
打つ手が思い付かない。万事窮すか・・・・・・
「あっれー? 佐藤じゃねえか! どうしたんだこんなところで」
声のした方を見ると、初めて見る男がこちらに手を振りながら近づいてくる。
細身の男だ。背は大きくも小さくもなく、日本人男性として平均的な身長に見える。春の装いらしく、八部丈の青く薄いジーパンを履き、緑色の半袖のシャツを重ね着している。にも関わらず目立つのは、男が首に巻いている分厚い赤色のマフラーである。いくら春の初めとはいえ、この陽気にはあまりにも不釣り合いだ。端正な顔つきをしているが、美男といえるほどでもなく、細めの眉毛、細めの顎、どちらかといえば中性的な顔立ちである。目は穏やかな光をたたえていて、目じりが下がっているように見える。柔らかな雰囲気の男だ。
彼がどういう経緯でここに現れたのかは知らないが、仲井は咄嗟に理解した。彼は救世主だ。うまく話を合わせなければ。
「あ、ああ! 田中! ひさしぶりだな!」
不良たちの視線も彼の方に向いている。その隙をついて不良を攻撃する度胸は仲井にはない。
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