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「なに?」
テーブルの向こうから視線を感じて顔を上げると、一緒に暮らし始めて二か月になる恋人がじっとこちらを見ていた。
まだ二か月。まだまだ蜜月にも等しいはずなのに、彼からの視線は甘いものではない。
不快そうに眉をひそめ、半径一メートルの空気を吸うのも嫌そうに、ぎゅっと口を横一文字に結んでいる。
「悠(はるか)?」
年の離れた恋人の気に食わないことを、自分は何かしただろうか?
優樹(ゆうき)は可愛い恋人の表情を窺いながら考えを巡らせた。
(昨日、俺が仕事から帰ったときは普通だったよな。昨夜だって……)
目の前に座る恋人のパジャマの襟元から、自分がつけた鬱血の跡がチラチラ見え隠れしている。
鎖骨と首の付け根の間にある赤い痕を見ていると、昨夜の恋人の甘い喘ぎ声を思い出してしまい、優樹の顔がだらしなくにやけた。
「古澤さん、なに笑ってるんですか」
「えっ? 俺、笑ってた?」
「はい。朝から気持ち悪いです」
「そう? 昨夜の悠のことを思い出してた」
「…………」
ニコリと笑んでみせると、可愛い恋人は目元をさっと赤く染めて横を向いてしまった。
「悠、なんか怒ってる?」
「……怒ってないです」
「嘘。じゃあなんで朝からそんな難しい顔をしてるの」
拗ねた顔も可愛いが、甘えたように笑う恋人の顔も見たい。
「わかってるくせに…………」
「ん?」
「それです! 僕が大嫌いなの知ってるでしょう!? 朝からそんな気持ちの悪いものを目の前でかき混ぜないでください!」
「…………え」
完全に怒った顔をした悠が優樹の手元を指差した。
「それですって!」
「それって……納豆?」
優樹が手に持っていた納豆の入った器を悠の顔の前に差し出す。
もちろん悠が大の納豆嫌いなのは承知の上だ。
すると悠は「ぎゃっ!」と奇声をあげて座った椅子ごと後ろにさがった。
「そんなに嫌がらなくてもいいのに。栄養バランスもいいんだよ?」
「いっ、いくら栄養があったって、そんなネバネバしたの食べ物じゃないですっ!」
「ひどいなぁ」
納豆を顔の前に近づけられたことですっかり食欲をなくしたのか、悠が難しい顔をしたまま食べかけの朝食の器を片付け始める。
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