一章

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 それでも紅蓮は、一度決断したら、行動が早かった。 「会いたいから、会いに行く」と、今すぐさっさと酒場を出て行こうとして、親父に待て、と呼びとめられた。 「なんだい?  勘定なら、支払ったし。  釣りなら、柊の情報代だからいいよ?」  首を傾げる紅蓮に酒場の親父は肩をすくめた。 「お前さん。  ここに来るまで、旅芸人の一座の馬車に揺られて来た言ってたな。  ろくな雨具を持って来て無いんじゃないか?」 「まあね、街中では雨具なんて要らないし」  この季節は、人通りが多いので、店屋が軒を連ねて庇(ひさし)を 長く伸ばし、道行くヒトビトが雨に濡れることはない。  けれども、森は違うだろう、と酒場の親父は言った。 「森に入るのに、雨具を持ち合わせていないと、キツイ。  ヘタに濡れると風邪をひくぞ。  コレは、古いからタダでやる。持って行け」 「なんだ、ずいぶん気前がいいな」  親父が、藁(わら)で作られた、みの(レインコート)と笠(かさ)をつぎつぎと手渡して来た。  驚いて紅蓮が目を見開けば、酒場の親父は、ふと笑う。 「なに、柊を心配してんのは、一人だけじゃないってこと。  それに、紅蓮。  お前さんの顔、去年の武芸大会以外の、どっかで見たような気がしてなぁ。  もし、本業が旅周りの有名な芸人かなんかだったらな。  ここで恩を押し売りしとけば、帰りにでも、ウチの店で得意技を披露してくれるんじゃないかと思ってな」 「うぁ、ちゃっかりしてるなぁ」 「あはは~~」  なんて。  酒場の親父は、楽しそうに笑い、紅蓮も彼の好意を素直に受け取った。  ……のだが。  現実っていうシロモノは。  そう、それぞれの思惑通りには、動かないもんだった。  
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