二章

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 片羽と言っても、瀕死の蝶ではない。  しとしとと、雨の降る森の奥。  羽のように大きな魔剣鬼眼をひらり、ひらり、と操って、巨大な白銀の大口を仕留めに掛かる紅蓮の姿は、酷く美しかった。  それは、まるで巨大な死の花と戯れる、両羽揃った蝶のように。  重い装備を脱いだ紅蓮は、軽々と空を舞う。  大口の妖は、さすがに魔剣を持ってしても、適当に切った一太刀で、真っ二つになるシロモノではない。  剣を突き立てるのに最適な場所を探して大口と打ち合う、キィン、カィン、と鳴る音が、梅雨の静けさを引き立てていた。  そんな。  まるで、動く絵画のような。  美しい演劇の舞台のような光景を、猫ウサギは、呆然と眺めていた。  ついさっきまで、騒いでいた口に、一つの言葉も、声すら出なかった。  やがて、ほどなく。  一際大きな肉を断つ音が響いたかと思うと、花を真二つに切り裂いて来た蝶が、ふわり、と。  猫ウサギの傍らに舞い降りて来た。  降りしきる雨にすっかり打たれて、濡れそぼり。 「あーあ、デカくて、固かった~~」なんぞとつぶやきながら、水の滴る真紅の髪を掻きあげる紅蓮の様子を、猫ウサギが、じっと見あげてた。  どうやら、紅蓮から、目が離せなくなったらしい。  さっきの大騒ぎから、一転。  猫ウサギは、紅蓮を見つめたまま、ぼんやりとささやいた。 『子狸が、化けた……  ……貴様は、とても……とても……キレイ、だ』 「そりゃ、どーも。  でも、外見褒められても、あんまし嬉しくないな」 『腕も、立つ』 「お、ちょっと嬉しいかも」 『……惚れた』 「は?」 「貴様、吾の嫁になれ』 「えっ!? ええええっ!?」  思いがけない事を言われて、紅蓮は、猫ウサギを見つめ返した。
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