三章

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「ち……ちょっと待て!!  反則、反則……ハ・ン・ソ・ク……!!!」  薄暗いが、清々しい雨の匂いのする居心地の良い部屋から、紅蓮の切羽詰まった声がした。  現在、周りなんぞ見回している場合ではない紅蓮に、直接感想は聞けないだろうが、高級品に慣れている彼でさえ、多分文句をつけないだろう、調度品の数々が設置されている。  加えて、今。  じりじりと後さずりをしていた紅蓮が『ぽて』と倒れ込んだベッドもふかふか。  シーツもこれでもか、と言うぐらい肌触りが良い。  実際、あまりの寝心地良さに、紅蓮は、迫り来る危機を一瞬忘れ、そのまま眠りについてしまうか、と思うほどだった。  なにしろ、ずっと雨降る薄暗がりの森を移動した揚句、大口、と言われる莫迦デカイ妖を一匹仕留め、疲れ果てていた。  けれども、いくら温泉に入った挙句、美味い食事と、口当たりの良い酒をふるまわれて、後は眠るだけの実に良い気分であったとしても。  ……意識を失ったら最後、やってくるのは身の破滅だってことも判ってた。 「……一体、何が反則だと言うのだ、紅蓮?  この姿を見たい、と言ったのは、貴様だ」  まるで紅蓮の知る最大の肉食獣『虎』を目の前にしている気分だった。  ぞく……っと、背筋に何かが走るほど、危険な。色気を伴う迫力がある。  低く出した焦れた声に、これ以上目をそらせているわけにはいかず。  普段は、人並み以上に肝が据わっているはずの紅蓮が、おそるおそる見上げた先に……柊(ひいらぎ)がいた。
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