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今日はエイプリルフールだったから、最初はけいちゃんがあたしをからかってる嘘かと思った。
次に嘘だったらいいな、って願って、けいちゃんの次の言葉を待った。
だけど、あたしの縋るような視線から、けいちゃんは気まずそうに目を逸らして、あたしに謝る。
「…だって。ごめん、千帆」
真実だと証明するために見せられた内示の紙には、あたしが通ってる高校に、けいちゃんが赴任するってことが書いてあった。
けいちゃんとあたしが、同じ高校の先生と生徒になるってこと?
「ど、どうすればいいの?」
あたってしまったサイアクの想像。倫理的道徳的にまずいだろ、ってことはわかる。ううん、法律的にもアウトかもしれない。
「い、今のうちに別れる?」
別れ、って言った瞬間に、自分の言葉に反抗するように、あたしの瞳から一筋涙が伝う。嫌だ、嫌だよ、けいちゃん。
けいちゃんはあたしの涙を指先ですくってから、困ったように顔を歪めた。笑ってるようのも泣き出しそうにも見える顔。
「泣くなって、千帆。そうしたくないから、千帆呼んだんだから。コーヒー飲んでまずは落ち着こ?」
あたしを宥めるように言って、あたしを床に座らせて、けいちゃんはいつものガラスビーカーにコーヒーの粉を入れる。
けいちゃんのアパートは、フローリングが剥き出しで、ふたり掛けのソファがある。この位置から、キッチンに立つけいちゃんを、何度となく目にした。
でも。今日は視界が霞む。コーヒーが抽出されるまでの4分。今日はお互い無言だからか、その4分が倍にも3倍にも感じられる。
「――はい」
このマグでコーヒーを飲むのも今日で、最後になるのかな。そんなことを思いながら、手に取る。
けいちゃんは自分のカップを手に、あたしの隣に座った。身体がひっつくかつかないか、微妙な空間をあけて。
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