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私は、さっきまで桐野が
座っていた場所で
ぼんやり2つのカップを眺めていた。
何気なく、目の前のカップボードに
目をやると、信とのペアカップを
別の皿の影に隠したつもりが
ここからは丸見えで、
可笑しくて気が抜けた。
ゆっくりコーヒーを飲んだ桐野は、
『また、連絡するから。』
そう言って、私の部屋を後にした。
マタ、レンラクスルカラ
──私の大嫌いな言葉だった。
『マタ』って?
なに?いつ?
10分後?1時間後?
明日?……明後日?
いつからか、
その言葉を受けた瞬間から、
信からの連絡を待つだけの
私になっていた。
私には信しかなかった。
信さえいれば何もいらなかった。
だけど、いくら求めても求めても
私には信が足らなかった。
そう、いつだって私の心は
信を型抜きしたようだった。
信と付き合い始めたのは、
ちょうどBeatsがインディーズで
注目されだした頃だった。
次第にBeatsは人気が人気を呼び、
とうとう夢のメジャーデビューを
果たした。
Beatsのデビュー曲は大ヒット。
彼らは階段を駆け上がるように
スターになっていった。
そして私には、
信に会えない日が増えていった。
それでも信は、
忙しい中でも時間を見つけては
連絡をくれてはいた。
ただ、いつからか信は、
私が泣くと決まって
イライラするようになった。
自然と私は、信の前で泣くことを
我慢するようになった。
そうやって次第に
私は、自分の『好き』に
押しつぶされていった。
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