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パタン……。
ひとりになった俺は、
沙樹のベットで天井を見つめていた。
『沙樹』って呼んでしまった。
あのまま抱き締め続けていたら
俺は、沙樹の気持ちも考えず、
また、やってしまっていたかもしれない。
沙樹を支えるつもりが、
俺は何やってんだ…っ。
だけど、昨夜のような
ボロボロの沙樹は見ていられなかった。
抱き締めずには居られなかった。
あんなにいつも笑っていた
沙樹だったのに……。
初めて会った時の沙樹の笑顔は
今でも忘れられない。
あれは、何年前だったのだろう。
俺たちのライブ中、ひとり壁際で佇み、
じっと俺たちの曲を聞いている女の子がいた。
多分、初めて誰かにライブに連れて来られて、
周りのノリについていけない……っていう感じだった。
そうめずらしい光景でもないので、
俺は気にも留めず、唄い続けた。
最高潮ラストの曲の間奏で、
ふと、その子の方に 視線を向けると、
パチッと目が合った。
高揚していた俺は、
ちょっとからかってやろうと、
掛けていたサングラスをすっと上にあげ
目線をその子にロックして、
口元だけで笑みを投げた。
すると、彼女は、
ステージの俺に、
ニコッと、微笑み返してきた。
その頃すでに
ステージ慣れしていた俺にとって
その反応は意外なものだった。
そして、その子から返ってきた
自然で愛くるしい笑顔に
俺は、胸に突かれていた。
一瞬の俺の目線を追った観客の視線も
壁際のその子に辿り着き、
悲鳴とも歓声ともとれない声を発していた。
その日、ライブが終わって
それとなくその子を探したが、
姿は見つけられなかった。
それからしばらくして、
スタジオでの練習の時、
信が珍しく女の子を連れてやってきた。
――あの子だった。
『沙樹っていうんだ。』
それまで、特定の彼女は作らず、
派手にやってた信が、
初めて俺たちに紹介した。
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