第1章

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「コレ飲んだら、私も帰ろうかな。」 ビールのグラスを、軽く持ち上げる。 「え?もう?」 「明日も仕事だし。 って、それはカズマも同じかぁ。」 「あと少しで、店は落ち着くから、待っててくれないの?」 「邪魔になると、悪いからさ。」 「邪魔じゃない! だから、お願い。」 「…そう? 居るのは全然、私は楽しいんだけど。」 「じゃあ、居てよ。」 「そ、その言い方止めて。」 「ははは、手伝いしてくる。」 「がんばって。」 カズマを見送る。 もう一度、ケータイを確認するけれど着信はない。 ため息をひとつ吐き出して、ビールを飲み込む。 家に帰っても、シャワーを浴びて寝るくらいしか、することはない。 だから少しでも長く、ここに居たいと思っているのは事実で…。 隣の町に実家があって、そこで生まれ育った。 だけど、商店街が並ぶこの街がすごく好きで、就職も商店街がその近くがいいと思っていた。 念願叶って、無事就職をすると、今度はこの街に住みたくなった。 初めての一人暮らしは、期待ばかりが膨らんで、現実に気づいたときにはちょっとヘコみもした。 可愛くて広い部屋は家賃が高いとか、毎日の自炊は楽しいばかりじゃなくて、買い物なんて案外地味な作業だと思ったり…。 それでも、1DKの私の家はそれなりに気に入っているし、居心地もいい。 とはいえ、いつまで一人で暮らすのかと、不安になることもないわけじゃない。 彼がいるといっても、男の人は27歳なんてまだまだこれからで、結婚なんかで縛られたくはないと思っているのかもしれない。 だけど、友達はどんどん結婚をして、子供も産まれたとよく聞くようになった。 ‘おめでとう’よりも、‘羨ましい’と思ってしまう。 「ハナちゃん? 眉間にシワ…。」 大きめのグラスに、氷たっぷりの水割り焼酎を入れてきたらしいカズマが隣に座った。
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