第10章

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忘れないうちにと、仕事の合間に事務所で、お父さん用のチョコの発送用の伝票を書く。 「一華、温泉ズレこんじゃってごめんね。 バレンタインが終わったら、すぐ行こう!」 スーっとイスを滑らせて近づいてきたミユキが、小さな声で言う。 「うん、もちろん。」 先月の末を予定していたのだけれど、体調不良で休んでしまう子も多くて、シフトが変わって休みがズレてしまった。 「今年はステキなバレンタインするの?」 「ミユキまでからかわないでよ。」 「あはは、ごめんごめん。」 仕事として、イベントには敏感だけど、自分のこととして考えていないから、うっかり忘れてしまいそう。 バレンタイン用のラッピンググッズの発注をしたり、通常の仕事もこなして、あっという間に夕方だ。 早番の子を見送って、ふと一息ついた頃にお店のドアがスーっと開いた。 「いらっしゃいませ。」 スーツ姿の若い男の子。 カズマと同じくらいかなぁ。 手土産にする詰め合わせでも買いに来たのかもしれない。 そう思っていたら、バレンタインコーナーへと遠慮がちに近づいていく。 甘いものが好きな男の人は、案外多いし、バレンタイン用といっても、自分の為にいつもとは違う商品を買い求めたいお客様ももちろんいる。 だけど、なにか探している風にも見える。 こういうときに、声をかけた方がいいのか、声をかけると困ってしまう場合もあるから、すごく迷う。 ジロジロ見つめていても、居心地が良くないだろうから、気にしつつ待っていると、 「すみません。」 「はい!」 声をかけてもらえた。 「バレンタイン用の限定で、売り切れるくらい人気の商品って、どれですか?」 ふふふ、と笑みがこぼれてしまいそう。 可愛いなぁ、なんて失礼かな。 「こちらの商品は、ご好評頂いております。」 カウンター内から出て、案内をする。
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