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だけどなぜか冷静にしなきゃと、震える手を必死で堪えて、バッグを掴んで靴を履いて、
「荷物をまとめて、鍵を置いて、出てって。」
それだけ言うのが、精一杯だった。
逃げるように走って、走って…。
どんどん視界が歪んでいく。
私、泣いてるのかもしれない。
目指す明かりは、ひとつ。
ガラッと戸を開ける。
「カズマぁ…。」
「ハナちゃん!?」
カズマの腕に掴まる。
膝から力が抜けていく。
ズルズルと座りこみそうになって、抱き留められた。
「どうしたの!?」
「…。」
悔しさと虚しさで、言葉が出てこない。
出るのは、涙だけで…。
カズマは私の背中をずっと撫でてくれた。
どのくらいの時間が経ったのか、わからない。
カズマの部屋に連れて来られて、泣き続けたと思う。
「ケイトくんの彼女が、妊娠したんだって…。」
「は?」
「…出張も嘘で、つわりがひどくて、面倒を見に行ってたんだって…。」
「は?」
「洗濯も掃除もご飯を作るのも…。
‘一華みたいに、器用じゃないから、おれが助けてあげなきゃ、ひとりじゃダメな子なんだ’ってさ。」
「はあああ!?」
「…ケイトくんの会社に、バイトに来てるハタチの大学生の子なんだって。」
「…。」
「確かにね、ケイトくんのプロポーズは断ろうと思ってた。
だけど…。」
裏切り続けているのに、一緒に暮らそうなんて。
結婚しようなんて…。
どうしてそんなことが出来たのか、わからない。
「もし私が妊娠していたら、責任取らなきゃと思ったけど、そうじゃなかったから、いいよね?
って、笑ってた。」
「…。」
「もう、わかんない…。」
カズマはなにも言わなくなって、ただずっと話を聞いてくれた。
話すのは情けなくて虚しいことばかりだったけど、話すたびに心から消えていくような気がした。
「3年も、なにやってたんだろ。」
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