第1章

64/71
前へ
/670ページ
次へ
だけどなぜか冷静にしなきゃと、震える手を必死で堪えて、バッグを掴んで靴を履いて、 「荷物をまとめて、鍵を置いて、出てって。」 それだけ言うのが、精一杯だった。 逃げるように走って、走って…。 どんどん視界が歪んでいく。 私、泣いてるのかもしれない。 目指す明かりは、ひとつ。 ガラッと戸を開ける。 「カズマぁ…。」 「ハナちゃん!?」 カズマの腕に掴まる。 膝から力が抜けていく。 ズルズルと座りこみそうになって、抱き留められた。 「どうしたの!?」 「…。」 悔しさと虚しさで、言葉が出てこない。 出るのは、涙だけで…。 カズマは私の背中をずっと撫でてくれた。 どのくらいの時間が経ったのか、わからない。 カズマの部屋に連れて来られて、泣き続けたと思う。 「ケイトくんの彼女が、妊娠したんだって…。」 「は?」 「…出張も嘘で、つわりがひどくて、面倒を見に行ってたんだって…。」 「は?」 「洗濯も掃除もご飯を作るのも…。 ‘一華みたいに、器用じゃないから、おれが助けてあげなきゃ、ひとりじゃダメな子なんだ’ってさ。」 「はあああ!?」 「…ケイトくんの会社に、バイトに来てるハタチの大学生の子なんだって。」 「…。」 「確かにね、ケイトくんのプロポーズは断ろうと思ってた。 だけど…。」 裏切り続けているのに、一緒に暮らそうなんて。 結婚しようなんて…。 どうしてそんなことが出来たのか、わからない。 「もし私が妊娠していたら、責任取らなきゃと思ったけど、そうじゃなかったから、いいよね? って、笑ってた。」 「…。」 「もう、わかんない…。」 カズマはなにも言わなくなって、ただずっと話を聞いてくれた。 話すのは情けなくて虚しいことばかりだったけど、話すたびに心から消えていくような気がした。 「3年も、なにやってたんだろ。」
/670ページ

最初のコメントを投稿しよう!

515人が本棚に入れています
本棚に追加