第1章

2/14
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
第一話 遅すぎたのです、この心が喜びを得るには  白鳥七生が勤めている大学は、学部ごとに教務課があり、そのとりまとめである学生部所属の彼が教授に連絡を取る場合などはその学部の事務員に取り次いでもらうことが多い。ただ、史学科の福田准教授に用事があるとき、七生は直接准教授の研究室に伺うことにしている。というのも、福田准教授は顔が妖獣マメシバに似ていて愛らしく、教授陣の中では若く紳士的で話すのが楽しいからだ。研究室で何度か話すうちに、准教授のほうも七生のことを覚えて気に留めてくれたのか、インスタントコーヒーをごちそうになるくらいにはなった。  その日、七生が福田准教授の研究室を訪ねると、准教授はいつものように七生にコーヒーを勧めてくれたが、それ以降は口をつぐみ、あまり元気がないようだった。何か悩むことでもあるのかと訊くタイミングを見計らっていると、准教授のほうから口を開いた。 「出たよ」 「えっ?」 「出ちゃった」  福田准教授は、幽霊に関する研究もしている。とうとう何かが見えたのかと思って背筋が寒くなった。 「あの場所って聞いたとき、ちょっと嫌な予感がしたんだよねえ……」  彼は遠くを見る目をしている。 「あの、出たって、何が……?」  福田准教授は七生の目を見て、真剣な顔で言った。 「遺跡」  その後で、「きみ、業者との連絡係担当ね」と付け加えた。 *  恋を告白しあった夜、しかし、七生と雅人は恋人同士という関係にならなかった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!