第1章

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大学は、発掘の責任者として福田准教授を指名したが、それは発掘とその後の調査費用を安く済ませるためだった。准教授は猛反発し学生部に殴り込んできたが、何度かの話し合いのすえ、福田准教授の知っている発掘業者を使うこと、また学生部との連絡係として白鳥七生を担当にすることでなんとか丸く収まったのだった。 「えっと、なんで僕を……」 「私が、君に、癒やされるから」  七生が困惑して訊ねると、そんな答えが返ってきた。この件に関して抗議に乗り込んできたときは驚いたが、福田准教授は基本的には穏やかで優しく、女子学生に人気で紳士的な人物だ。連絡を学部の事務員に頼まずに何かにつけて七生が自ら行くのは、七生こそ福田准教授の居る場所に身を置くことで癒やされるからだった。彼こそ人を癒やす人なのに、そんな人でも癒やしが必要であることに、七生はまた世界の乾燥を知った気がした。  いつの間にか十二月になっていた。雅人が日本に帰ってくるのはクリスマスを過ぎた年末なので、まだ二週間ほどある。彼がダブリンに行く前に、二人でパソコンにスカイプをインストールしたが、八時間の時差というのが厄介で、まだほとんど使っていない。帰ってくると時々チャットで彼が暮らしている場所の画像と少しの会話がログに残っていて、七生もチップちゃんの様子を時々写真で伝えている。せっかく音声通話ができるのだから、声が聞きたい気もするが緊張して上手く話せる自信がなかった。  今日も着信だけ確かめてパソコンを切ろうと思ったら、ふいに聞きなれない音が鳴り、何かと思ったらそれがスカイプの着信音だった。思えば初めてのアクセスなので通話のはじめかたもよくわからない。何とか通話ボタンを押すと、少しの雑音のあと、優しい声が聞こえてきた。 「起きてたか」 「お久しぶり、です」  七生のパソコンにはマイクが内蔵されているが、受信口がどこかわからず、落ち着かない様子でとりあえず画面に話しかける。 「夜中だったか?」 「ええ、そろそろ日付が変わる時間です」 「寝るところだったか」 「いえ、ついさっき帰ってきたところなので……」 「遅いな」 「新しい仕事を担当しているので、少し慌ただしいですね」  案の定、緊張している。久しぶりに聞く好きな人の声は、マイクを通しているからか少しくぐもっている。しかしまぎれもなく雅人の声だった。 「……チップは、元気にしてるか?」
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