第1章

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「誰がどれだけ食べたかなんて把握してないし、構わないよ。それに俺、先生の食事代出すの嬉しいんだ」 「嬉しい?」 「若いころ憧れて、自分を育ててくれた人を、自分が稼いだお金で食わせるってちょっと良くないですか?」  七生は、ふと福田准教授が何年か前に結婚したことを思い出した。 「自分が学生の頃、先生は何にもだらしがなくて、俺は先生の助手気取りで、押しかけ女房みたいにここに入り浸ってたんだけど、ある日突然結婚を前提に付き合っている彼女を紹介されたんだ。先生には『俺は』全然必要なくて、そして何においても結局たいした役に立ってなかったって気づいたときはショックだったな」  七生は慰めるのもおかしい気がして口をつぐんだ。ただ、彼の言うことは七生には痛いほどよくわかったのだ。自分も似たような経験をしてきたから。   ふと顔をあげると、誠人が穏やかに微笑んで七生を見ていた。 「すみません、ぼんやりして」 「いえ、こちらこそ。気持ち悪いことを言ってすみません」 「そ、そんなことないです! あの、その気持ち、少しわかる気がします」  七生が慌てて言った言葉に、誠人は笑みを深めた。七生は、たぶんこの人が自分の好みのタイプであることを認識していたが、心が揺さぶられることはなかった。  しかし彼が言うそれと、七生が彼に食事代をおごってもらうことはまた別の話であるということに気づいたときに、福田准教授が戻って来た。 「おう、お前らなんでいるんだ?」 「やだな、資料持ってくるって言ったじゃないですか」 「置いといてくれればよかったんだがな」 「帰るところでしたよ。では、次は明日、現地で」 「あっ……、引き留めてしまってすみません」  七生は慌てた。 「いーえー」誠人は笑って退出した。 「あいつ、いつ来たんだ?」  そう言ってから、福田は自分の失言に気づいたようだった。 「また鍵を開けっ放しにして外出してたんですね? 不用心だから気をつけてくださいって何度も……」「悪い悪い」  そう言って、福田は七生の頭に手を置いた。この人は自分のような成人男子に気軽に触れるが、女子学生にもそういうことをしていないか心配である。今のところ、そのような苦情は聞いていないので、自分だけだということに安心しているが。 「で、白鳥さんはどうしてここに?」 「お説教をしに来ました」 「じゃあもう終わったかな」 「今からです!」「なんだと」 *
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