第1章

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 その週の土曜日、七生は横浜市内のとある駅に来ていた。一応休日なので私服ではあるが、取引先の人間、つまり誠人と会うのでそこそこ落ち着いた格好をしてきたつもりだった。  だが、やってきたのはハデではないとはいえ、赤色のボディのオープンカーだった。メルセデスベンツのエンブレムが輝いている。七生は運転しているのが誠人でなければ、目を逸らしただろう。だがさすがに朝雛誠人はそんな車に乗っていても上品だ。 「お待たせしました。どうぞ、乗ってください」  誠人は車から降りると、助手席側に回ってドアを開けた。  何故休日にまで取引先の相手と会うことになったのかというと、昨日七生が起こした失敗のせいだった。 金曜日、七生は小田急線に乗って伊勢原に向かった。そこで誠人と待ち合わせをしてバスに乗り、キャンパスの建設予定地に向かう。すでに発掘の準備を進めているこの場所は駅からずっと森が続いているような場所だった。七生の働いている大学は名前だけなら進学を考える高校生にはそこそこ名が知られており、本部キャンパスは都内にある。都内で大学生活を送ることができると思った学生たちが、実際に通うのがここだと知ったらがっかりしてしまうのではないかと心配になった。七生自身は、幼いころはこういうところで暮らしていたし、都内は人ごみに疲れるときもあるのでこっちに異動になってもいいかな、と思ったりした。  本日は二人で事務所になるプレハブ小屋の設置に来た。実際に発掘がはじまれば、七生がこちらに来ることはほとんどない……と思っているのだが、はじめの方はアルバイトの学生の世話もある。  仮設の事務所となるプレハブにデスクを設置し、棚をあちこち設置しているうちに、実際に作業にあたる作業員の男性たちが入って来た。七生は持っていた書類をデスクに置いて、彼らに挨拶をした。発掘調査の作業員には誠人のように品の良い学者タイプはほとんどおらず、工事現場のガテン系の体格をした屈強なおじさんばかりだ。
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