プロローグ

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夕方になって目を覚ました。 ベットの横に飾った『紫雲』の写真におはようと声をかける。 起き上がり身支度を整え、鏡の中の『シン』にも挨拶をした。 キッチンにはハウスキーパーが作った夕食が置かれている。 「どうする? 夕べのみ過ぎた・・ 食べなきゃだめか?」 一人言を呟いてテーブルに座った。 彼女が生きていた頃は食事を抜くとよく怒られた。 「私が食べなくてもシンはきちんと食事はしてね。 そして、私がいなくなってもそれだけは守って」 そう言っていつも僕の健康を気遣った。 「そうだな・・ 食べなくちゃ・・」 冷蔵庫を開けてビールに手を伸ばした。 (あっ今日は酒はダメだった) 大事な会議があった。 思い直してミネラルウォーターのペットボトルを掴む。 時計を横目で見て慌てて食事を済ませた。 ハウスキーパー宛てに『旨かった』とメモを残し、クローゼットの扉を開ける。 いつもより地味目のスーツを選び、ネクタイだけは色目の綺麗な物を締めた。 携帯が鳴った。 弁護士で僕の仕事のアドバイザーをしてくれている大野彰光からだ。 今日の会議にも立ち会ってもらう心算で事前に連絡を入れてあった。 「シン君。 いや、今日は紫雲君か・・ なんだか可笑しな気分だな。 姉さんの名前で君を呼ぶのは・・」 彼は僕の愛した人の弟だった。 彼女が亡くなってその後を引き継いだ時、僕はその名前も一緒に継いだ。 本当は何もしなくても一生暮らしていける。 でもあの時は何かしてないと姉さんの後を追いそうだと言って、大野が紫雲の後を継ぐように勧めてくれた。 実際は大野が大半の仕事を仕切り、僕が顔を出すのはイベントか会議の時だけだ。 生前の彼女もそうしていたらしく、僕が継いだからと言って誰も何も不思議には思わないらしい。 「車を廻したよ。 会社で待ってる」 分ったと言って携帯を切った。 ベットルームに戻り紫雲の写真に口づける。 「行って来るよ。 ちゃんとできるように僕の傍にいてくれ」 もう一度鏡を見る。 「シン、頑張れ・・」 もう一人の自分にそう言って精一杯の笑顔を作る。 ドアを開けて部屋を出た。
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