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ウィルステラに暮らしていて雑種の姿を見かけることがほとんどないのは、単純に生まれてくる数が少ないことも理由の一つだが、最大の理由は差別や迫害により成人するまで生き延びること自体が難しいからだ。
そういう意味では、ルミナは雑種としては奇跡的なほど幸運に恵まれたと言っても過言ではなかった。死産とならなかったばかりか、母親であるプレアはルミナを捨てるどころか惜しみない愛情を注ぎ、女手一つで育ててくれた。
これだけでも『いつか雑種に対する差別がなくなってこんな親子の姿が見られる日が来ますように』という夢物語レベルの美談である。
さらにルミナにはソウタという歳の近い友達がいた。元々ウィルステラで生まれた人間ではないソウタには、もちろん雑種に対する差別意識などない。さらに小学生くらいからやり直すことになったこちらの世界の人生でも、最初にできた友達が雑種であるルミナで、育ての親がプレアとあっては雑種に対する差別心など芽生えるはずがなかった。
運がよかったのは自分もだと、ソウタは思っている。自分の今の種族を考えれば、もし最初にプレアに出会っていなければ、自分はゲームなどに登場する魔王のように、他者の命を平然と踏みにじる存在になってしまっていたのかもしれないのだから。
久しぶりに直面した雑種差別に、ソウタがウィルステラに住む種族について頭の中で振り返っていると、テーブルの向い側に座るルミナがぽつりと呟いた。
「……ごめんなさい。また、わたしのせいで」
ルミナの声に思考を中断し、顔を上げると、テーブルの向かい側には申し訳なさでいっぱいになったルミナの顔があった。
「気にしないでいいわよ。どうせ二度と会うこともないような連中なんだから。好きなだけ差別させておけばいいのよ」
そう言って、プレアは目の前のジョッキを軽く傾け、中に入ったエールを一口あおった。
「そうだぞルミナ。角があるだけで大騒ぎする連中に何言われようが気にする必要なんかないって」
ソウタの言葉は単なる慰めではなく本心だった。
宿泊は断られたが、なんとか食事だけはさせてもらえることになったものの、ソウタたちの座るテーブルの周りには誰も人がいなかった。騒ぎが起きる前と変わらない賑やかさの中で、そのテーブルだけが完全に切り離されて存在しないものとして扱われている。
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